今年7月に『ツミデミック』で直木賞を受賞した一穂ミチさん。受賞第一作『恋とか愛とかやさしさなら』は、とあるカップルを中心に「人を信じること」をつぶさに描いた作品だ。そこに込めた思いについて、ご本人にうかがった。
【写真】一穂ミチさん『恋とか愛とかやさしさなら』 いちほ・みち/1978年、大阪府出身。2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。2024年『ツミデミック』で第171回直木三十五賞を受賞。主な著作は『イエスかノーか半分か』シリーズ、『スモールワールズ』『うたかたモザイク』など
――今年『ツミデミック』で直木賞を受賞したばかりの一穂さんの受賞第一作。衝撃とともに始まるスリリングな恋愛小説です。
カメラマンの新夏は友人の結婚式の撮影に行き、その帰り道に恋人の啓久からプロポーズされます。幸せいっぱいな2人がもう一歩関係を深めようとしていたその翌日、通勤電車で啓久が女子高生を盗撮してしまう。
「出来心で」という言い訳も「二度としない」の誓いも通用しない性犯罪でした。彼を許してもう一度やり直せるかと葛藤する新夏の心情に沿って、物語は進んでいきます。
もしすでに家族になっていれば、子供のため、あるいは離婚手続きが面倒だからなどと理由をつけて、関係を継続できたかもしれません。ところが2人はまだ他人。自分の気持ちひとつで別れるか、続けるかを選択できるんですね。
それは彼女にとってはある意味、逃げ場のない状態です。いっそ、何らかの枷があったほうが楽かもしれない。そんな新夏の立場で、人は何をもって人を信じるのかということをじっくり描いたつもりです。
――恋人が犯罪、しかも性犯罪を犯した、というのが心をざわつかせます。
性犯罪はデリケートな問題で、特に盗撮は多くの女性にとって身近な恐怖、身近な屈辱になっていると思います。軽い出来心からの行いでも、被害者からすれば加害者に対し「一生外に出てくるな」という気持ちになるでしょう。
盗撮の罪を犯すのはほとんどが男性ですが、その目的も女性には理解できない。裸を見たいのならまだわかるけど、顔や容姿が写っていないスカートの中の下着だけ見て、何がしたいの?と思ってしまいますよね。
――「男の欲望って、女から見ればブラックボックス」という表現も印象的でした。
その欲望の正体を丁寧に説明されたとしても、私たちには理解不能かもしれない。そしてそれは、男性の欲望だけでなく女性側の欲望も同様で、そもそも人間の欲望は中味の見えないブラックボックス的な怖さを内包していると思います。
――啓久の盗撮を知った周囲の女性たちの反応がそれぞれ違って、そこも興味深いです。
立場によって違ってくるんですね。啓久の母は、逮捕されず示談になったのだから、「これで一安心」という意見です。息子を持つ母親ならこんな反応もありえるでしょう。
一方、啓久の姉はキツい言葉で弟を責めて、新夏に「手を切るなら今のうち」と別れることを勧めて、男性をスペックで見る友人の葵は、「目を瞑って結婚するのもあり」とアドバイスします。
――どの意見も新夏の気持ちには寄り添わない。そこが切ないですね。
誰にでも相談できる話ではないんですよね。仮に私が友達から同じ相談を受けたとしても、「結婚する前でよかったよ」とか「またやるかもと思いながら一緒にいるほうがつらくない?」なんて言ってしまうのが、実際ではないかと思います。
新夏からしてみれば啓久にどんなに謝ってもらったところで、本当に今回が初犯だったのかどうかも、今後再犯しないかどうかもわかりません。そこがつまり、人を信じることの難しさなのだと思います。
信頼には徹底的な純度が求められる。世の中には「半信半疑」という言葉がありますが、あれは事実上信じていない時に使いますよね。「信じること」はとてもハードルが高いんです。
でも恋愛ならば、相手に向ける感情が半分くらいでも成立します。特に今、婚活やマッチングアプリは最初に条件をすり合わせて出会うから、トキメキや恋愛感情にはこだわらず、「相手への思いはマストではない」という風潮も感じます。
この小説のタイトルも、「恋とか愛とかやさしさなら、打算や疑いを含んでいて当然で(中略)なのに『信じる』という行為はひたすらに純度を求められる」という新夏のモノローグの一部を採っています。
現代ビジネス - 2024/12/13 11:04