電車内で約1年、盗撮行為を続けた会社員Xさんが逮捕された。
会社はXさんを懲戒解雇したが、Xさんは「解雇は無効だ」と提訴。その結果、裁判所は「本件盗撮行為は極めて卑劣」と断罪したものの、「解雇は無効」と結論付けた。(東京地裁 R5.12.15) 盗撮に“もっとも使用された”道具は… なぜ、解雇は無効となったのだろうか。以下、詳細を解説する。(弁護士・林 孝匡)
会社は郵便物の輸送を行っており、Xさんは課長職にあった。
■ 盗撮に手を染める Xさんは、令和4年の夏ごろから電車内で盗撮を行っていた。が、約1年後に逮捕される。逮捕容疑は次のとおりだ。
「通勤途上の勤務時間外に、地下鉄の電車内において、小型カメラを録画状態にしてリュックサック内に設置し、口を開いたリュックサックを足元に置いて、被害者のスカート内を撮影しようとした」 Xさんは同日逮捕され、翌日に釈放されている。
■ 示談が成立 Xさんは会社に始末書を提出し、約1週間後には被害者と示談が成立。Xさんが被害弁償をし、被害者が被害届を取り下げた。
■ 懲戒解雇(令和5年9月21日) 約2か月後、会社はXさんを懲戒解雇処分とした。
その後、Xさんは不起訴処分となり有罪判決を受けることはなかった。また、今回の盗撮事件ついて報道されることもなかった。
■ 提訴 Xさんは「懲戒解雇は無効である」旨主張して提訴した。
裁判所は「今回の盗撮を理由とした懲戒解雇は無効」とした。以下、詳細を見ていこう。
■ 勤務時間外でも懲戒の対象? 今回の盗撮は勤務時間「外」に行われているので、そもそも会社が懲戒処分を出せるのかが問題となるが、ここはカンタンに認められている。裁判所の考え方は次のとおりだ。
「職務遂行と直接関係のない従業員の私生活上の非行であっても、会社の企業秩序に直接関連を有するもの、または、企業の社会評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものについては、企業秩序の維持確保のための懲戒の対象となり得る」 Xさんは「報道されなかったので会社の社会的評価は低下していない」と主張したが、裁判所は、今回のXさんの行為は「会社の企業秩序に直接関連を有するもの、または、企業の社会評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められる」ので懲戒の対象になると判断した。
■ 懲戒解雇はOKなのか? 次のフェーズで問題となるのが、懲戒処分はOKとして「懲戒解雇」という“極刑”はOKなのか? である。これについては、処分としてやりすぎ(重すぎ)の場合は無効となる。根拠条文と正しい法律用語を下記に示す。
(労働契約法15条) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
結果的に裁判所は「今回の懲戒解雇はダメ」としたが、悩みも見せている。以下は、裁判所の思考過程だ。
■ Xさんにとって不利な事情 Xさんは約1年前から同様の手口で盗撮していた 性的な姿態に対する撮影行為が行われた場合に、撮影時以外のほかの機会に不特定または多数の者に見られるという重大な危険がある 当時Xさんは、課長として、盗撮を含む業務外非行について社員を指導する立場にあった これらを理由に、裁判所は「本件盗撮行為は極めて卑劣なものであって社会的非難を免れない」と断罪。しかし、同時に下記についても考慮している。
■ Xさんにとって有利な事情 被害者と示談が成立している 検察が不起訴処分で終了させており、Xさんは有罪判決を受けていない 会社の懲戒規定では、有罪判決を受けた者とそれ以外の者とで懲戒処分の重さを変えている Xさんは有罪判決を受けていないので「それ以外の者」に該当する 事件についての報道がなかったので社会的に周知されることはなかった Xさんは逮捕の翌日に釈放されており、翌日から通常勤務していた 以上をふまえて、裁判所は「懲戒解雇の時点において、盗撮行為およびXさんの逮捕によって、会社の業務などに悪影響をおよぼしたと評価することができる具体的な事実関係があるとはいえない」と判断。
Xさんが過去に懲戒処分を受けたことがないことも考慮に入れ、最終的に裁判所は「懲戒解雇を選択したことは、懲戒処分としての相当性を欠き、懲戒権を濫用したものとして無効といわざるを得ない」と結論付けた。
弁護士JPニュース - 2025/03/17 10:20