近年、電車内での撮影行為を巡り、トラブルとなるケースが相次いでいる。SNS上では、電車内で突然ダンスを踊り始める外国人の動画が話題に。顔を背ける周囲の乗客になおもカメラを向ける行為が物議を呼んだ。別のケースでは、優先席に座る若者をさらし上げるような写真に「盗撮では?」と非難の声が寄せられた。公共の場、とりわけ電車内での撮影に、法的な問題はないのか。民事事件から刑事事件まで幅広く手掛ける、弁護士法人・響の古藤由佳弁護士に見解を聞いた。
【写真】拡散した外国人による電車内でのダンス動画 「迷惑外国人!」「日本に来るな」 先月中旬、SNS上で拡散した1本の動画。日本国内と思われる電車の車内で、大げさに倒れ込んだ黒人男性が周囲の乗客に手を伸ばし、タッチを求める様子が収められている。突然カメラを向けられた乗客が顔を伏せたり、拒否したりするそぶりを見せると、男性はあきれたようなジャスチャーを浮かべ、そのまま車内でブレイクダンスを披露。電車の床を転げ回る様子に「まじで日本人にも他の静かな外国人にも迷惑」「もうこの手の迷惑外国人にはウンザリ」と憤りの声が相次いだ。
電車内での撮影行為を巡るトラブルは他にも。同じく先月中旬、電車内で脚を広げた状態で座る高校生を顔が判別できる形で撮影した写真が拡散した。「こいつの学校はどこだ? どういう教育をしてる ガキ」「頭悪いんだろうな」との暴言をつづった投稿者には、「盗撮は犯罪です」「どういう教育をしたら電車で盗撮するような人間になるんだろう」「こういう老害いるから電車乗りたくない」と批判の声が殺到した。
公共の場での許可を得ないダンスなどは、場合によっては迷惑防止条例違反に当たるが、同意を得ない形で第三者を撮影したり、それを不特定多数に向かって公開する行為には、法的にどのような問題があるのか。古藤弁護士は「前提として、これらの撮影行為は刑事罰の対象にはなりません」と解説する。
「盗撮に関する罪は、従来から各都道府県が定める迷惑防止条例で刑事罰の対象とされてきましたが、昨年7月に施行された『性的姿態撮影等処罰法』でさらに厳しい刑罰が定められました。この法律はその名の通り、通常衣類で隠された部分に対する性的な撮影行為にのみ適用されます。スカートの中や更衣室の隠し撮りなどが該当し、これらはカメラを設置しただけでも処罰されます。一方、今回の事例はいずれもプライバシーや肖像権の侵害には当たり得ますが、これらは刑事ではなく民事。被害者が権利侵害として訴えを起こさなければ、取り締まれないのが実情です」 プライバシーの侵害とは、個人情報や私生活について知られたくないことをみだりに他者に知られたり、公開されたりすること。その中でも個人の容姿・容貌に帰属する人権が肖像権に当たる。「プライバシーや肖像権の侵害は、私的な場所での撮影か、個人が特定できるかどうかが大きなポイントになります」と古藤弁護士は言う。
「電車内は公共の場で、法律上は公道などの路上と同じ扱いをされ、私的な場所とは言えません。マナーはともかく、ルールとして撮影が禁止されているわけではなく、居合わせた乗客がたまたま写り込んだだけでは権利侵害には当たらない。一方で今回の高校生の写真は、顔がはっきりと写っており本人が特定できるため、肖像権の侵害にあたります。暴言コメントも相まって名誉毀損罪も成立すると考えられます」 誰もが携帯端末を持ち歩く時代、他人からいきなりカメラを向けられた際にはどのように対応すればいいのだろうか。
「ただ写り込んだだけでは権利侵害には当たらないため、まずは写されたくないという意思表示をすることが大切。可能であれば、その場で撮影されたものの削除を要求するのが一番いいでしょう。そこまではできなくともきちんと意思表示をしていれば、公開された際に開示請求や削除要請、賠償請求をすることは可能です」 一方、法律上対応が難しいのが、撮影されただけで公開はされないケースだと古藤弁護士。撮影した内容を見せてもらえず、自分が撮られたことを立証できない場合は、その時点での損害賠償は認められない可能性が高く、苛烈に訴えを起こすと逆に名誉毀損に問われる場合もあるという。
「例えば、電車内で女性を同意なく撮影しても、現状、個人で写真を所有しているだけでは罪には問えません。自分の姿が撮られていると思うと気持ち悪いという感情は理解できますが、あまりにも規制を厳しくすると、例えばテレビ中継や記念撮影での写り込みも権利侵害となってしまい、逆に取り締まりの実効性を欠くことになります。法律の世界には受忍限度論といって、社会の秩序維持のためにはある程度の権利侵害は仕方ないとする考え方がある。本当に侵害されてはいけない権利として、性的な撮影に限り、厳罰化に踏み切ったという背景があります」 法による規制にも限界がある以上、究極的には社会のモラルやマナーに依存せざるを得ないのが実情だという。いつどこでカメラを向けられるか分からない時代、個人としても何らかの自己防衛策を考えておく必要があるのかもしれない。
ENCOUNT - 2024/11/20 09:10